日本三名園:後楽園(岡山県岡山市)

探訪記録

【料金】410円
【日付】2022/07/16㈰
【天気】曇りのち晴れ

後楽園について

全国にある大名庭園で特に有名な庭園を「日本三名園」と呼称します。

1687年~1700年の14年をかけて造園された後楽園は、備前岡山の第2代藩主・池田綱政(いけだつなまさ)が代官に命じて造らせたとされます。

日本庭園の形式の1つである回遊式庭園になり、園内を回遊して鑑賞する事を軸に置かれている為、実際に歩きながら見てまわるとその魅力の多さに虜(とりこ)になります。

回遊式は室町時代の禅宗寺院や江戸時代の大名庭園で多く用いられ、この後楽園もその一つになります。

【日本三名園】
1.兼六園/石川県金沢市
2.偕楽園/茨城県水戸市
3.後楽園/岡山県岡山市

~撮影記録~

【延養亭(えんようてい)】

後楽園の要の建物として一番に建てられた建物であり、藩主の静養や賓客の接待、藩校の儒学者の講義場として使われていました。

園内での眺望が最も素晴らしいとされ、沢の池や唯心山、操山(みさおやま)中腹にある安住院多宝塔を借景として一望できるようになっている。

岡山空襲で焼失し、現在の姿は1960年(昭和35)に復元され、建築当時の御茶屋御絵図(おちゃやみえず)の間取りを踏襲しており、藩主たちが楽しんだ後楽園の姿や景色の位置を知る手掛かりとなりました。

【観騎亭(かんきてい)】

長さ100間(約1,800m)の馬場に設けられた馬術を上覧する観騎亭になります。

後楽園では、藩主が家臣の武芸を上覧する場所が各所にあり、居合いや乗馬、弓や太刀などを奨励していたことが窺えます。

観騎亭は、簾池軒と同様に戦災を免れた建物の1つですが1934年(昭和9年)の水害で被災し、現在の姿は復旧後の建物になります。

一般への貸し出しも行っており、3時間1,890円で利用が可能との事です。

【唯心山(ゆいしんざん)】

岡山藩主3代・池田継政(つぐまさ)によって造営されたもので1723に着工し、1735年に完成したとされます。

園内のほぼ中央に位置し、平坦な後楽園を立体的な庭園に昇華させる働きがあるようです。

【唯心山-二】

四方の登り口より北は慈眼堂(じがんどう)、南は御茶屋簾池軒(れんちけん)、西は御茶屋延養亭(えんようてい)、東は流店(りゅうてん)のそれぞれの眺望を意識して設けられています。

【沢の池】

園内の中央付近に位置する沢の池は、中の島、御野島、砂利島が浮かんでいます。
当初、3つの島は半島のように繋がっていましたが、江戸時代末期に切り離され景観として用いられているようです。

【簾池軒(れんちけん)】

池田綱政が最も好んで利用していたとされる簾池軒は、岡山空襲を逃れた数少ない建物の1つです。

しかし、1934年(昭和9年)の水害で被害にあった為、復旧されて現在の姿として残っております。

木造平屋建ての寄棟造の簾池軒は、屋根を萱(かや)で拭き、平面を斜めにずらした雁行状に配置した建物になっています。

また、簾池軒の池やくの字の石橋は築庭以来の形をそのままに伝わっているとされる為、300年前の姿を感じる事が出来ます。

一般貸出も行っており、休憩や会合等で利用する事が可能です。

【福田茶屋】

後楽園の沢の池からみて北側に位置する福田茶屋では
また、後楽園オリジナルのお弁当の注文ができ、購入後は店舗軒先の休憩所は利用不可との事ですが、園内に点在するベンチでは食事可能との事でした。

【お弁当について/予約必須】
-価格-1,550円-

お庭そだち(春)   販売期間/3月~9月中旬
・お庭そだち(秋)   販売期間/9月下旬~2月
————————————————
-価格-1,030円-
・お庭そだち(春)   販売期間/3月~6月
・お庭そだち(夏)   販売期間/6月~9月
・お庭そだち(秋・冬) 販売期間/9月~2月

 

【福田茶屋/メニュー】

軒先では、かき氷や抹茶などを購入する事が可能で、店舗の中では緑茶やほうじ茶などのお茶が販売されておりました。

【お弁当/お庭そだち-夏-】

後楽園オリジナルのお弁当になり、全部で5種類あります。3日前に電話にて予約する事で当日受け取る事が可能です。

【栄養成分表(1包装あたり)】
エネルギー 419.14kcal
タンパク質 15.96g
脂質     11.06g
炭水化物  62.61g
食塩相当量 3.76g
茶巾寿司(酢飯(国産米使用)、半裁錦糸卵、おぼろ、水菜)、寿司(酢飯(国産米)、穴子、海老)、おむすび(国産米)鶏照り焼き風、焼肉刻み錦糸紅生姜のせ、カニ玉ロール、昆布巻き、蒟蒻、人参、よもぎ麩、酢蓮根梅肉和え、空豆みじん粉揚げ、三色ピーマン酢漬け、ふりかけ、(一部に小麦・卵・大豆・えび・鶏肉・さば、牛肉・ごま・りんご・カニ・乳成分を含む)/加工澱粉、調味料(アミノ酸等)、増粘剤(タマリンド、キサンタン)、酸味料、キシロース、リン酸塩(Na)、甘味料(甘草、ソルビトール、ステビア、サッカリンNa、スクラロース)、着色料(紅麴、カロチン、カラメル、赤102、黄4、赤106、青1、ウコン)、炭酸Ca、増粘多糖類、pH調整剤、グリシン、アルコール、水酸化カルシウム、塩化Ca、ベーキングパウダー、グリセリンエステル、強化剤(卵殻カルシウム)、酸化防止剤(V.C,V.E)、乳化剤、香料、ビタミンB1、保存料(ソルビン酸K、安息香酸Na),漂白剤(亜硫酸塩、次亜塩素酸Na)、消泡剤(シリコーン)

【茶畑】

福田茶屋から新殿に伸びるように広がる茶畑は、藩主の普段飲むお茶の原料となったそうです。
岡山県の茶葉は全国生産量の0.3%ほどしかありませんが真庭市富原地区ではブランド化を進めており、非常に洗練された上品な茶葉を生産する事で有名です。

【島茶屋】

1946年(昭和21)創業の福田茶屋は園内に点在する売店や茶屋の1つになります。
園内最大の沢の池に浮かぶ中の島にあり、お抹茶を頂けることが出来ます。

【さざなみ茶屋】

園内順路の中間地点にある茶屋になり、店内は冷暖房完備となっています。
こちらの茶屋限定の梅ジャムソフト(400円)は、3月~11月頃までの販売になっています。

【つるの玉子/観光土産品協会にて】

銘菓「つるの玉子」はマシュマロ生地に白あんを中に入れたお菓子になり、上品な甘さとソフトな口当たりが独特です。

これが発案されたのが明治時代(1868~1912)という事ですので100年以上の歴史ある銘菓になります。

【観射亭(かんしゃてい)】

観射亭は木造平屋建ての瓦と銅板葺きの建物になります。
この場所は、藩主が家臣の弓の腕前を観覧する武芸上覧の場所であり、隣接する弓場は、射場から的場まで十四間(約25m)の屋根付きの射場になります。

【残夢軒(ざんむけん)】

園内最大の土産物屋であり、「後楽園焼」と呼ばれる陶器を購入する事が出来ます。また、土産品No.1の「白桃ゼリー」は、こちらの残夢軒でしか購入する事が出来ません。

【後楽園焼(こうらくえんやき)】

備前藩主の池田綱政によって始められた陶器とされ、明治時代に後楽園と名称が改められた時に「御庭焼(おにわやき)」が「後楽園焼」と呼ばれるようになりました。
素焼きの白土に顔彩を施した色備前を焼き、黄白色のオランダ釉を特徴とした事から色絵備前(いろえびぜん)とも呼ばれます。

【四季彩(しきさい)】

園内で行われる結婚式や披露宴で利用される会場となります。また、結納や法要、七五三や還暦祝いなどでも利用ができ、5,000円~懐石料理を頂くことが可能です。

【鶴鳴館(かくめいかん)】

賓客の接待等に使用された茅葺の建物であった鶴鳴館は、1945年(昭和20)の岡山空襲で焼失しました。
空襲によって主要な建造物を失った後、庭園に山口県岩国市より吉川邸を移築したものが現在の鶴鳴館になります。
利用料を支払う事で、150畳もの広い屋内にてケータリングや食事の持ち込みが可能となっております。
また、定期的に内部公開やイベントを行っておりホームページにて確認する事が可能です。

【慈眼堂(じげんどう)】

備前岡山藩・第2代藩主の池田綱政(いけだつなまさ)が還暦を迎えた時に観音像を2体祀ったお堂です。毎年正月、5月、9月それぞれ22日を参拝日と定めて、自身のみならず家老にも参拝をするよう命じていたと言われています。また慈眼堂の近くに稲荷宮(いなりみや)を1786年に勧請し、明治維新後には東京の本邸から由加神社を遷宮しています。それらの背景を踏まえると歴代藩主の祈りの場であった事が推察されます。1884年に後楽園が池田家から譲渡されますが、慈眼堂の本尊である観音像は池田家に返還されている為、現在まで空堂になっています。

【新殿(しんでん)】

高床式の木造平屋建てになり、茶畑を一望して見えるように設計されています。また屋根は寄棟で銅板葺きとなっており、二重になっている特徴的な形をしております。当初は「俳亭」として建てられ、その後建て替えで「新御殿」として描かれています。現在の新殿の名称は明治時代以降(1868年~)になってからの呼称になり、1945年(昭和20年)の岡山空襲では被災しなかった建物の1つになります。一般の貸し出しも行っており、3時間1,710円から利用が可能との事です。

【茶祖堂(ちゃそどう)】

岡山藩家老の下屋敷に建てられていた茶室になり、天下三宗匠(てんかさんそうしょう)の1人である千利休が祀られていました。

その事から当時は利休堂と呼ばれており、江戸時代末期に後楽園に移築され、1945年(昭和20)の岡山空襲で被災し、1961年(昭和36)に再建されました。

現在の茶祖堂は再建時に岡山出身の僧侶である栄西(えいさい)を千利休と一緒に祀っています。

栄西は平安時代(794~1185)末期から鎌倉時代(1185~1333)初期にかけての僧侶で、臨済宗の開祖とされます。

著書に「喫茶養生記(きっさようじょうき)」があり、茶の種類や抹茶の製法、茶がもたらす身体への効果などが記述されており、お茶の飲み方を日本に伝えた人物とされます。

茶祖堂は一般の方が茶席として利用する事が可能であり、3時間7,140円からとなっているようです。

【花葉(かよう)の池】

園内で2番目に大きい池になり、園内の曲水と沢の池から水を引き込み滝として景観を形作っています。
名前の花葉(かよう)は、近くにある「茂松庵(かしょうあん)」の旧名が「花葉軒(かようけん)」だったことに由来します。

夏には水面に色鮮やかな蓮「一天四海(いってんしかい)」が大きな花弁を開かせます。
一天四海は、紅色のまだら模様が特徴的な花弁になり別名「大名蓮」と呼ばれています。

【茂松庵(もしょうあん)】

築庭初期に建てられたとされる茂松庵は、江戸時代(1603~1868)に花葉軒(かようけん)と呼ばれていました。
桜が主体の美しい二色が岡(にしきがおか)に囲まれていましたが植栽が変わった事もあり、明治時代(1868~1912)に現在の茂松庵という名で呼ばれるようになりました。
内部は4.5畳、6畳、2畳の区画に分かれて土間と水屋、床が付随しています。
一般に貸し出しも行われており、3時間3,480円から利用が可能との事です。

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